東レ3D-Gene®の技術力
「初めて3D-Gene®チップを使用しましたが、予想以上に感度が高く、差が見られた遺伝子の数に驚きました。サンプルにもよりますが、予想を遥かに超えた数だったので戸惑いもあります。」井上助教は開口早々、そう感想を漏らした。3D-Gene®の検出感度の高さは研究者の間では定評(バイオガレージ02号参照)があるが、初めて体感する研究者は驚きを隠せないようだ。
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| 井上 浄氏 |
| 2003年3月 東京薬科大学薬学研究科薬剤学 博士前期課程卒業 |
| 2006年3月 東京薬科大学薬学研究科薬剤学 博士後期課程卒業 |
| 2006年4月 北里大学理学部生物科学科 生体防御学講座助手(現助教) |
なぜこのような感度の高さを実現できるのか。3D-Gene®は精度を向上させるため、3つの大きな特徴を備えている。まず1つ目は、東レが独自で開発した「黒色樹脂製基板」である。黒色樹脂は、ガラス基板等の従来の基板で起こる自家蛍光を抑え、バックグラウンドを低減させることに長けている。2つ目は3Dという製品名にも表されるように表面に凹凸の加工が施されていることである。凸構造の上端部にプローブを高密度に固定する技術を開発したことにより、均一な大きさのスポット画像が得られるようになった。3つ目はマイクロビーズを使って反応槽を攪拌する技術。凹の部分をマイクロビーズが転がって反応液を攪拌することで、プローブとターゲットのハイブリダイズを促進することができる。これらの技術を組み合わせることによって、研究者を驚かせるほどの検出感度が実現したのである。
炎症反応機構の解明を目指して
高等生物の生体内において細胞の増殖、分化、物質の合成や分泌など、多くの生理現象は複雑なネットワークから形成される細胞内シグナル伝達により制御され、恒常性を維持している。細胞内シグナル伝達の異常は様々な疾患に繋がる。また、細胞内シグナル伝達の中でもGTP結合タンパク質(Gタンパク質)は最も重要なシグナル伝達分子の一つである。
井上助教らは炎症反応機構の解明を目指して研究する中で、このGタンパク質の1種であるRap1に注目している。Rap1はGEFと呼ばれる分子により活性化し(スイッチON)、GAPと呼ばれる分子によって不活化する(スイッチOFF)。つまり細胞内でスイッチのような働きをしていることになる(図1)。井上助教らはその中でも、このスイッチをOFFにするGTPase活性化因子(GAP)のノックアウトマウス(SPA-1KOマウス)に注目した。「このマウスのほとんどが生後1年~2年で白血病を発症することが明らかになっています。これは、SPA-1KOマウスはRap1が常に活性化され続け、T細胞等の免疫系細胞がanergyと呼ばれる免疫不応答の状態に陥ることで、免疫監視機構が働かず、白血病の発症をブロックできないことが原因ではないかと考えられています。」

3D-Gene®が仮説を確かなものに近付ける
井上助教らは、SPA-1KOマウスが白血病を発症する前後で肝臓や皮膚に膿の塊(膿瘍)が形成されていることに注目した。ここでRap1のシグナル伝達と炎症反応の関係性に思い至った。「膿瘍が形成されるということは、細菌などの感染に対し過剰な炎症反応が起きていると考えられます。SPA-1KOマウスは細菌感染時の炎症反応にブレーキが利かず、炎症が起こる際に産生されるサイトカインやケモカイン等が過剰に産生され続けている可能性が予測できました。」
そこで、炎症反応に深く関わるマクロファージに注目し、野生型とSPA-1KOマウスのマクロファージに同じ細菌成分で刺激を与え、両者間の遺伝子発現パターンの違いを3D-Gene®を使って検証した。「明らかな差がでました。」解析結果は一目瞭然、SPA-1KOマウスのマクロファージでは、予想していたよりも多くの種類の遺伝子が活性化されていることが判明した。「ある程度予測はしていましたが、ここまで違いが見えるとは思いませんでした。Rap1と細菌感染による炎症反応の関係はまだ解明できていませんが、大きな一歩を踏み出せたような感覚です。
創薬の活路を開く3D-Gene®
この関係を解明することは、生物が健康に生活するためには非常に重要であるという。「もしRap1シグナル系に異常が起こると、適応免疫の低下による感染症に罹りやすかったり、逆に自然免疫系による過剰な炎症反応が起きやすくなるということが考えられます。近年はインフルエンザウイルスや病原性大腸菌等の病原ウイルス、病原菌ばかりに注目が集まっていますが、我々は日々名も知れぬ多くのウイルスや菌に接触して生活しています。その中には知名度は低いですが、病気を引き起こすものも含まれています。それなのに病気にならないのは、免疫系の恒常性維持にこのRap1シグナル系による細胞内の分子スイッチが大きく寄与していると考えています。さらに研究を進めて、その全貌を明らかにしたいと考えています。」
研究の世界を目指したきっかけは、医療関係の研究に関わっていた父親と対等に話がしたかったという微笑ましいものであるが、いまでは研究の魅力にどっぷり嵌っている。「自分と同じモチベーションを持った世界中の研究者と情報を交換しながら一緒に研究をしたいですね。3D-Gene®のように信頼できる研究機器、試薬がグローバルスタンダードとして世界中広がっていけば、その夢も叶いそうです。」

東レ株式会社が開発したDNAチップ3D-Gene®。少量の検体量と比較的短い時間で数百から数十万に上る網羅的な遺伝子解析を可能にする。


























