今や世界中の製薬企業売上上位ランキングに軒を並べるAmgen Inc.と
Genentech Inc.。研究開発費の高騰や研究開発に要する高い技術力から、資金豊富で経験豊かなスタッフが揃う大型製薬企業の優位性が明らかな医薬品業界において、1980年前後に創業した上記2社は、魔法のようにその順位まで上り詰めた。
そのプレゼンスを確立した大きな理由、それは遺伝子工学を始めとするバイオテクノロジーを活用した、バイオ医薬品という新しいコンセプトの医薬品を実用化したからに他ならない。その中でも抗体医薬はバイオ医薬品黎明期から注目され続け、今や医薬品ビジネスを語る上で避けて通れない存在となっている。以前は低分子化合物の医薬品で占められていた医薬品売上ランキングにおいて上位に食い込む勢いを見せ、その発展に翳りは見えない。
日本国内でもバイオ医薬品を巡る製薬企業の思惑が絡む。電撃的に発表されたキリンファーマとの提携から2年弱。抗体医薬を中心としたスペシャリティーバイオファーマとして存在感を放つ協和発酵キリンが目指す先とは。また、近年実用化された医薬品が登場し始め、バイオ医薬品の次なるカードと目される核酸医薬の行く末は。
今回の特集に登場するキーマンは、国内屈指のバイオ医薬品関連技術を誇る協和発酵キリン株式会社の花井陳雄取締役と北里大学理学部の井上浄助教。二人の話から、バイオ医薬品の未来像が見えてくる。

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| 花井 陳雄(はない のぶお)氏 |
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協和発酵キリン株式会社 取締役常務執行役員開発本部長 ポテリジェント技術の開発に初期のころから関わり、BioWa社設立時には同社CEOを務める。 協和発酵キリン株式会社の抗体技術を語る上で、欠かすことのできない存在だ。 |
国内大手製薬企業による海外バイオベンチャー買収の話題が紙面を賑わせている。記憶に新しいのは武田薬品工業株式会社の88億ドルをかけた、抗ガン剤に強い米Millennium Pharmaceuticalsの買収劇。その他同社によるアムジェン株式会社、アステラス製薬による米Agensys、エーザイによる米Morphotekの買収など、抗体医薬に関する技術をこぞって取り入れている。一方、1980年代から独自に抗体医薬に関する技術開発を行ってきた中外製薬株式会社、協和発酵工業株式会社(以下協和発酵)、麒麟麦酒株式会社(以下、キリン)をいつからか抗体医薬の御三家と呼ぶようになったが、そのうち協和発酵、キリンの医薬部門が合併して協和発酵キリン株式会社が発足するなど、国内の抗体医薬メーカー勢力図にも変化が起きている。今回は、旧協和発酵出身で、世界的に注目を集めるポテリジェント技術の開発担当者でもある協和発酵キリン株式会社取締役開発本部長の花井陳雄氏に同社の技術を取り巻く現状について伺った。
抗体医薬を新たな局面に誘う、偶然の発見
ポテリジェント技術とは、協和発酵が開発した抗体修飾技術の1つだ。体内で抗体が抗原に結合すると、その抗体のFc領域をターゲットにしてナチュラルキラー細胞などが集まり、抗原を殺傷するという働きが免疫系にある。これを抗体依存性細胞障害活性(ADCC活性)と呼ぶ。Fc領域は糖鎖によって修飾されていることが知られていたが、同社東京研究所で研究に取り組んでいた花井氏をはじめとするメンバーは偶然の発見をする。ヒト化抗体の効果をサル薬理モデルで研究していた当時、ある生産細胞で作製した抗体は良く効いたのに対し、抗体の生産能の高い生産細胞を用いて作製したところ、抗体の効きが突然悪くなってしまったのだ。同じ抗体遺伝子を細胞に導入して作製したため、原理的には同等の活性が期待できると思っていたところにこの結果を受け、「愕然としました」と同氏は語る。この2種類の抗体を比較し、Fc領域を修飾している糖鎖のうちフコースが付与されていない抗体は、付与されている抗体と比べて100倍近くのADCC活性を示すことが判明した。「すごいことを発見してしまったのではないか、と感じました」と語る花井氏は、この現象を発見した後2000年にすぐさま特許出願の手続きを行った。「とにかく特許をとるために急いで手続きを行いました。その時にこの技術を用いたビジネスモデルまではあまり考えられていなかったので、2005年の特許成立までに知的財産部の方にはかなり苦労をかけたのではないかと思います」と笑いながら当時の様子を振り返る。

予想を上回るペースと反響
ポテリジェント技術に関する特許出願をしたのは2000年、そしてアメリカにポテリジェント事業を行う子会社としてBioWa を設立したのは2003年。これは、想定していたよりも早い展開だったという。展開の早さだけでなく、花井氏を驚かせたのはその反響の大きさだった。現在までにGlaxoSmithKline、NOVARTIS、Merck KGaA、sanofi-aventisといった海外のメガファーマや国内最大手の武田薬品工業株式会社など、12社とのライセンス契約を次々と締結している。「BioWaを始めた頃はバイオベンチャーを含む中小規模の製薬企業を相手に、数多くの契約を結んでいくビジネスモデルを考えていました。もちろん、その延長線上としてメガファーマであるGenentech等とも契約を結ぶことができればと考えていました。蓋を開けばメガファーマとの契約も件数が増え、ビジネスモデルも数を恃むのではなく契約の規模を大きくする方針に転換しています。想定よりも速いペースですし、規模も大きくなっています」と当時の予測と現状の違いを振り返る。大手製薬企業の研究開発に占める抗体医薬の重要性が増してきたことが大きな要因ではないかと同氏は分析する。また、日本の多くの創薬バイオベンチャーが技術導出やバイアウトというビジネスモデルになかなか成功できない状況で、このようなアライアンスが何件も組めた理由については、「技術が本物であり、それが大きなインパクトを持つことで す」と声を高くする。
100倍以上という常識破りのインパクト
ADCC活性に着目した抗体修飾技術の現状を見ると、ポテリジェント以降にGenentechからXencor(XmAb)が、RocheからはGlycart(GlycoMab)が発表されている。これらの技術と比べた時に、ポテリジェント技術はどのようなインパクトを持っているのだろうか。まずXencorと比較した場合、ポテリジェントの方がXencorよりも130%ほど強いADCC活性を示す(参照)。さらに、Glycartに関しては、ポテリジェントの方がより簡便な操作でフコースをなくすことができると花井氏は語る。技術的な優位性はポテリジェントの方にあることはこれらの事実からも明らかだが、医薬品業界に対するインパクトを強めた要因は他にもあると同氏はみる。「技術の革新性とインパクトというのは比例していると思います。ポテリジェントは従来と比べて100倍以上の効果がある革新的な技術ですから、インパクトも非常に大きかったと思います。100倍以上というのは、ある意味常識を打ち破るインパクトですね。従来比2、3倍というと研究者にとっては重要な発見ですが、それが事業としてうまくいくかという話になると、そうではない場合が多いです」。
100倍以上という数値は、ともすると研究室レベルの実験での事実を大げさに表現していると受け取られかねないが、しっかりとした裏付けを取っていたことがポテリジェント技術の革新性に説得力を付け加えた。「幸いなことにBioWaではポテリジェント技術を応用した抗体医薬の臨床試験を行い、データを集めていました。同じように親会社である協和発酵でも臨床試験を行っていました。その結果、臨床試験においても研究室レベルの実験で確認されている強いADCC活性があるということが分かったのです。ポテリジェントを抗体医薬に応用することで、臨床上も100倍の治療効果が得られるというデータがあったことが、更に注目を集めた原因だと思います」という同氏の言葉からも、ポテリジェントが戦略的に世界中に浸透していった経緯が伺える。
相乗効果を作り出したキリンファーマの実力
2007年10月、協和発酵とキリンとの戦略的提携が発表された。抗体医薬御三家の内、2社が合併したことになる。これによって両者には多大なメリットがあったという。まず、キリンは完全ヒト抗体を産生するKMマウス技術を保有している。それだけでなく優れた染色体技術を持っており、この技術を合併以前から新規抗原のバリデーションに用いていた。これらの技術とポテリジェント技術が組み合わさることで、従来よりも付加価値の高い「ベストインクラス」の抗体医薬を狙いやすくなった訳だ。これだけでも、十分に相乗効果を生み出す土台が揃っているが、狙うは「ファーストインクラス」。革新的な新薬を狙うためのベーシックサイエンスへの投資が進んでいる。
キリンは以前からカリフォルニア大学サンディエゴ校の敷地内に自社の研究棟を構え、基礎研究を行う傍らラホヤアレルギー免疫研究所(LIAI)のサポートを行ってきた。生命科学研究が盛んなサンディエゴでの広いリサーチネットワークを構築してきたのだ。協和発酵にとっては、合併したことでベーシックサイエンスへの投資を拡大できる形になった。
その成果は早くも表れている。それが2009年5月に発表した抗LIGHT抗体のsanofi-aventisとのライセンス契約だ。LIGHT 分子はLIAIが発見した腫瘍壊死因子(TNF)スーパーファミリーに属する新規タンパク質であり、T細胞、ナチュラルキラー細胞、単球および樹状細胞などを活性化することがわかっている。そのため、この分子を阻害することは新たな免疫抑制メカニズムとして期待されている。特に潰瘍性大腸炎やクローン病といった自己免疫疾患に対する抗体医薬として発展する期待が大きい。
日本の3極体制と海外拠点で確立する研究開発型というブランド

従来からの協和とキリンの強力な技術を継承しつつも新規の抗体技術及びバイオ医薬の開発を狙うため、日本では群馬県の高崎にあるバイオ生産技術研究所、東京の町田にある東京リサーチパーク、静岡県の三島にある富士リサーチパークという3つの研究拠点の整備が進む。実は2008年10月の正式合併の前から、研究者の自発的な交流が始まっていたという。「協和発酵東京研究所からキリンファーマの研究所に出向いてディスカッションをするといった活発な動きが研究員に見られました。研究には組織を超えて人を動かす熱さがあるんですね」と花井氏は語る。これら活発な研究員を要する国内拠点に、協和発酵キリンカリフォルニアという、ベーシックサイエンスからインパクトのある新規ターゲットの抗体医薬を狙える研究拠点が加わったことで、バイオのスペシャリティファーマとして研究開発を進めていくための基盤が整いつつある。更に、2008年6月には米国 Alnylam Pharmaceuticals, Incが第Ⅱ相臨床試験(フェーズII)を実施中であるRNAi医薬 ALN-RSV01の日本およびアジアの主要地域における独占的開発・販売権を取得するライセンス契約を締結した。抗体医薬だけでなく、広くバイオ医薬に目を向け、核酸医薬の開発も開始している。「我々は決してメガファーマではなく、中堅規模の製薬企業です。我々が持っているベーシックサイエンスの基盤とポテリジェント技術やKMマウスといった優れた技術を基盤にメガファーマとのアライアンス等も交えて、良い医薬品を多く世の中に出していく研究開発型のスペシャリティファーマとしてグローバルに展開していきたいと考えています」と花井氏は語る。
抗体医薬の研究開発における世界的なハブとして、協和発酵キリンがますます存在感を増していくことは、日本の研究開発レベルを世界に示す上でも意義が大きい。同社の今後の展開に一層の期待が寄せられる。



























